陸上メダリスト野球選手がいた!?〜1月1日生まれの野球選手〜

新年あけましておめでとうございます。今年もひらレンをよろしくをお願いします。

本日は元旦、1月1日ということですが、元旦といえばニューイヤー駅伝ですよね!僕も毎年見ています。陸上競技ってあまり見る機会がないですが元旦ってやることがないのでつい見てしまうんですよね…

さて陸上競技といえば、実は過去には陸上選手からプロ野球選手になった選手がいることをご存知でしょうか?そして、なんとなんとその選手の誕生日が1月1日ということも!

そこで本日は1月1日生まれのプロ野球選手をご紹介していきたいと思います。

目次

  • 飯島秀雄選手
  • 渡辺博之選手
  • 小林経旺投手
  • 河野旭輝
  • 国貞泰汎選手
  • さいごに

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飯島秀雄(ロッテ)

飯島選手は陸上競技からプロ野球に転向した選手です!飯島選手はオリンピックにも出場し、100メートル走の元日本記録保持者でもある、まさに日本を代表する陸上選手でした。

当時のロッテの名物オーナーである永田雅一氏は飯島選手の足の速さに目をつけ、代走専門の選手として1968年ドラフト9位で飯島選手を指名し獲得します。

デビューから注目されましたが、盗塁と100メートル走は全く別物だったようで、通算117回の代走起用で23盗塁、17盗塁死、5牽制死と結果を残すことはできず3年で退団しました。

ウェスタンリーグで飯島選手が代走出場した際に、ピストルの号砲なら飯島選手も鋭く反応できるのかもしれないと考えた一塁塁審が、投手のモーションに合わせて号砲の口真似をしたところ、それに合わせて飯島選手がスタートを切ったものの、悠々アウトになってしまったという逸話も残っています(出展:ニッポン野球珍事件大全 織田淳太郎(2003))

試合 打席 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
飯島秀雄(通算) 117 0 0 0 0  0  23  0  …

渡辺博之(大阪など)

渡辺選手は大阪タイガース、近鉄パールス、バファローで活躍された選手です。

4番藤村富美男の後の5番に座り、1954年には打点王を獲得。この年の本塁打数は7本であり、2リーグ制開始から現在まで本塁数一桁で打点王に輝いたのは渡辺選手ただ一人の記録です。

1954年と翌55年にはベストナイン(外野手)にも輝いています。

試合 打席 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
渡辺裕之(1954) 129 542 482 170 7  91  30  27  .353

小林経旺(大洋松竹ほか)

小林投手は日本プロ野球界で50勝未満ながら100敗した唯一の投手です!通算負け越し数64も日本記録となっています。

また1951年の大阪タイガース戦では12失点を喫するも味方の猛攻もあり勝ち投手になっています。(12失点は勝利投手の最多失点記録)

勝ち星には恵まれませんでしたが、長きにわたって先発投手として活躍された素晴らしい投手です。

登板 回数 勝利 敗戦 奪三振 四球 被本塁打 被安打 防御率
小林経旺(通算) 284 1444.2 46 110 549  559 112 1523  4.24

河野旭輝(阪急ほか)

河野選手は阪急などで活躍した俊足野手です!

1956年に記録したシーズン85盗塁は福本豊選手に抜かれるまでは日本記録でした!(同年のシーズン29盗塁死は今尚日本記録です!)

またトレードで移籍した中日でも盗塁王を獲得し、両リーグで盗塁王を獲得した唯一の選手になっています!

 

試合 打席 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
河野旭輝(通算) 1491 5338 4783 1213 93  480  293  818  .254/th>

国貞泰汎(南海ほか)

国貞選手は以前に僕の記事でも紹介した同一年度に2ポジションでベストナイン投票1位を獲得した選手ですね!

国貞選手に関しましては前回の記事をご参照ください。

NPBに大谷翔平選手よりも先に複数ポジションでベストナイン投票1位になった選手がいた!

さいごに

ひらやま
本日は1月1日生まれの野球選手をご紹介しました。ご高評いただければこれからも続けていきたいと思いますので宜しくお願いします

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