ルワンダで見つけた僕に足りないものの話

前回の記事でも少しだけ取り上げたけれど、先日アフリカはルワンダへ行ってきました。
ルワンダへ行った記憶がなくなる前に、僕が現地で感じたことを記事にしてまとめておきたいと思います。そうしないと折角の渡航の意味が薄れてしまいますからね。なのでこの記事は一種の忘備録とも言えるかもしれません。

ルワンダという国

まず僕が訪れたルワンダという国について紹介しておこうと思う。

基本情報

アフリカ中部、赤道直下の内陸に位置している。

丘陵地帯で、「千の丘の国」とも呼ばれた。

公用語は英語、フランス語、ルワンダ語。

人口は1000万人程度。

ルワンダ虐殺(ジェノサイド)

(写真:ジェノサイド記念館追悼の石碑)

ルワンダを語る上で欠かすことができないのが、虐殺の歴史です。

僕自身も恥ずかしながら、正直に言えば、ルワンダへ行くことが決まるまで、ルワンダ虐殺に関しては全く知らなかった。しかし、是非この事実は知っておかなければならないと思う。

以下に概略を記すが、是非詳細を他のHPなどで確認していただきたい。

ルワンダ内部ではツチ族(少数派)とフツ族(多数派)という二つの民族による民族対立が存在した。
しかし、この二つの民族に元来明確な差異はなく、ベルギー統治下において植民地支配をやりやすくするために、身体的特徴などによって明確に分離させられたものであった。

1994年4月6日、ルワンダ大統領が登場する飛行機が何者かによって撃墜される。

この事件に対して、フツ族の過激派はツチ族の犯行であると主張し、フツ族への攻撃(ジェノサイド)を主張。これに呼応して、兵士、民兵、そして一般市民までがフツ族、および穏健派ツチ族らの殺害を開始した。
ルワンダのジェノサイドの特徴の一つとして、使用された武器は銃火器ではなく山刀や鋤や斧であり、一般農民によって多くの殺害が行われたという点である。
結果として、約3か月間にわたるジェノサイドが続き、50~100万人のルワンダ人が犠牲となった。これはルワンダの人口の5~10%に当たるものであった。

参考 ルワンダ虐殺-Wikipedia

ルワンダのジェノサイドに関しては映像作品も作られているので、ルワンダに興味があるという方や、国際関係に興味があるという方は必ず見て欲しいです。

特にルワンダの涙はamazonで199円でレンタルできるので是非。

ルワンダで感じた熱量

(写真:職業訓練を受ける子どもたち。裁縫を勉強している。)

そんな悲惨な歴史を持つルワンダを訪れて僕が最も感じたのは、人種差別の愚かさや、紛争の悲惨さなどではなく、人々の持つ熱量でした。

今回、僕は学校や工場、ラボなどの施設を訪れる機会がありました。

日本の工場などに比較すれば、技術のレベルは低く、決して素晴らしい環境とは言えない中で彼彼女らは目の前の仕事に取り組んでいました。

特に思い出されるのは学校を訪れた際に、職業訓練の一環として裁縫や木工に取り組んでいる生徒たちのことです(冒頭写真)

僕よりもずっと若い少年たちが一つのミシンを囲って裁縫を行っている様子は忘れられません。

僕に足りないもの

(写真:裁縫工場で働く女性)

ルワンダで感じた僕に足りないものは、きっと、熱だと思う。

最近は目の前にあるものから目を背けて楽な方へ楽な方へ流れてきた。

でも、目の前のことに真摯に取り組んでいる人々の姿勢を見て、これは改めなくてはダメだなと感じた。

自分のやりたいこと、やらなきゃいけないことはなんだろうと問い直さないといけないと思ったし、取り組まなくてはいけないと感じた。

(写真:3Dプリンタなどを用いて物作りをする人たち)

いつからか、目の前のことに熱中することがなくなってきた気がする。

今一度、目の前のことに熱中できる日々を取り戻したい、そう思います。

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