好きなものが人間を創るという話

こんにちは。年末大掃除真っ只中の平山です。

普段立ち入ることのない部屋の奥隅までかき分けての掃除は、チリやホコリとの戦いであり非常にしんどいですね。

しかし、同時に過去の懐かしい思い出などが”出土”されることがとても楽しいです。

皆さんも、思い出の品やアルバムについ手を取られて、掃除が中断してしまったという経験があると思います。

今日は、掃除中に出土された僕の小学5年生の時のノートから「好きなこと」について記事にしました。

僕は野球が好き

僕は野球が大好きです。小学3年生の時に父に初めて神宮球場に連れて行ってもらって以来すっかり野球の虜となり、自分でも野球を始め、夜はCS放送で毎日のようにプロ野球中継を見るという生活を送ってきました。

今にして思えば、そのハマりようは凄まじく、小学校で他の子達がアニメ「ワンピース」の話題をしていても、僕はその時間は野球中継を見ているので全く話にはついていけないし、そもそも漫画は野球漫画の「ドカベン」や「ミスターフルスイング」しか読まない、ゲームは「パワプロくん」だけという野球狂人ぶり。

中学に上がってもその勢いは衰えるどころかむしろ加速し、同級生が「誰それの新曲は」という話をしていても、僕はプロ野球の応援歌しか知らないので話についていけない。放課後は野球部→プロ野球中継→プロ野球ニュースという黄金リレー。当時携帯電話もパソコンも持っていなかった僕は誰にも邪魔されることなく、野球にどっぷり浸ることができました。

高校大学へ進学するにつれて私生活が忙しくなり、以前ほどまでには野球へ時間をかけることができなくなりましたが、それでも自分がいちばん好きなことは野球だと、僕は断言することができます。

発見された小学5年生の頃のノート

先日、掃除をしていたところ、小学5年生の頃のノートが出てきました。

このノートは「自分が興味のあることについて調べる」という宿題のノートです。

どうやら2月14日のバレンタインデーに僕が調べたことは「プロ野球チームの名前変遷」だったようです笑。

小学5年の頃にはもう既に野球狂であった僕ですのでこのようなテーマを選択するのは自然の流れだったのかもしれません笑。
当時パソコンを持っていなかったはずなので、どうやって調べたのか自分でもよく覚えていませんが、チーム名の変遷とその当時の中心選手を調べて記述してあります。文字がめちゃくちゃ下手くそなとこや、内容がところどころ間違っていたりするのが小学生らしくて面白いのです笑。

また、1940年代の選手ー例えば山田伝選手や島秀之助選手の名前を見ると、お前は一体どんな小学生なんだ、とツッコミたくなります。もちろん、当時一緒に野球をしていた友達の中で話題の選手は上原や松坂、斉藤和巳、ローズやカブレラといった面々であり、決して小鶴誠や苅田久徳ではありませんでした。

当然周りでこんなことをしている小学生はいませんでした。しかし周囲が興味がないようなことでも、周りの人と話題が合わなくても、自分が好きだ、面白い、と思ったことをとことんやる、そういう気持ちが小学生の頃から僕の中にはあったのだと思います。

 好きなものが人間を創るという話

このノートを見返してみて、「好きなもの」や「熱中できるもの」がその人を創るのだと感じました。

例えば僕の場合は野球に熱中したおかげで、いろいろなことを調べるような調べ癖がついたり

選手のデータを集めて計算することで、データ計算が好きになったり。

思い返せば中学生の頃、人生で初めてブログを始めた時も野球に関するブログで、その辺りから文章を書くこと、他人に情報を発信することの面白さに目覚めたような気がします。

そして何より、大学生となった今、野球が好きな友達ができました。

僕と同じように小学生の頃から野球に熱中し、今でもずっと同じチームを応援し続けている熱狂的なファンや、プロ野球の知識に関することにめちゃくちゃ詳しくて、過去の様々な記録や選手も知っているような野球博士など。野球にどっぷり浸かった生活をしてきた”同士”と野球とは関係ない時間を過ごすことも多くなり、彼らに影響を受けつつ生活をしています。

僕が野球にどっぷりはまったことが、今の僕の生活の何割か、そして僕という人間そのものを規定したと言って間違いないでしょう。これは言い換えれば、僕の”個性”は野球=大好きなものによってつくられたということですこのことから

人間の”個性”というものは、その人が熱中してきたものが長い時間をかけて創り出す。

のではないだろうかと僕は思います。

何かに熱中している人はその人自体が個性的で、とても魅力的です。

話をしていても情熱的でとても面白いことが多い。

逆に好きなことがない、熱中できるものがないという人は”個性”が薄いと感じます。

また、そういう人はよく「つまらない」と普段から愚痴をこぼしていますが

「つまらない」と言っている自分自身が「つまらない」人間になっていることが多いです。

僕自身「つまらない」人間にならないよう、これからの人生、熱中できるものを見つけ続けていきたいと思います。

さいごに

ひらやま
好きなもの、熱中できるものは、それ自体に意味や価値なんてなくても、人間としての根っこの部分を創り出す、かけがえのないものなのではないでしょうか。僕も熱中できるものを見つけ続けていきたいです。

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