味玉で考える「おもてなし」

こんにちは。平山です。

先日、仕事終わりにラーメン屋さんに行ってきました。

人気のお店のようで、僕が入店した段階でもう店内は満席。活気にあふれていました。

これは期待できるなあと思いつつ、ぼーっとスマホをいじっていたのですが、

なんと平山のオーダーがミスで入っておらず!

同ロット(ラーメン屋で同じタイミングで入店して同じタイミングでラーメンを茹でてもらえる人をこう言います。多分。)の方々がラーメンにかぶりつく中、取り残されてしまい(失笑)

店員さんもすぐに気がついてくれて、

すみません、すぐご用意します!

と言ってくださり、

平山も特に急ぎの用事もなく、なんなら「スマホで読んでいた電子書籍、ちょうどいいところだったから、むしろラッキー」くらいの気持ちでした。

さて、さらに待つこと5分10分。ついにラーメンが到着。

ところが、なんだか様子がおかしい。

僕が頼んだのはシンプルなラーメンのはず。

それなのに届いたのには味玉と海苔が…!!

怪訝そうな顔で店員さんを見ると、店員さんはにっこり笑って(サービスです)そう言っていた。

こんなに嬉しいことはない。このサービスが人気店の所以なのかもしれない。そう思った。

しかしながら一方で、最近はこの「おもてなし」の精神を当然のようの思い、逆に、サービスを受けられなかった時に過剰なクレームを投げる人が多いと感じる。

「お客様は神様」という言葉が一人歩きし、今や、お店や電車などの公共機関で過剰に大きな態度をとる人を見ない日はないほどではないだろうか?

してもらって当たり前、その気持ちは恐らく正しくない。

クレームを恐れて過剰になるサービス、そのサービスを当然と思い、さらなるサービスを求める消費者。

まさに悪循環ではなかろうか。

「おもてなし」の国と言われる日本。来年2020年には東京オリンピックが開催される。

今一度「おもてなし」の本当の意味、ありがたみ、喜びを考え直さなくてはならないのではないだろうか。

味玉をつけてもらうことで喜べること。そんな小さいことで喜べる自分を誇らしく思う。

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