私と巨人・熱狂の日々

2019年9月21日、5年ぶりに巨人がセントラルリーグ優勝を決めた。この日、喜びを爆発させる巨人ナイン、そして巨人ファンの裏で、ひっそりと、私のヤクルトファン人生第二章が始まってしまった。

ご存知の通り、この数年、巨人は低迷した。その姿は1936年のリーグ戦開始以来、常に球界を牽引し、リーグ優勝45回、日本一22回を誇ったチームとは到底思えないものであった。そしてそれはまた、私が長年憎き、嫉み、打倒を志した悪の大帝国の姿でもなかった。

私のヤクルトファンとしての歴史は、すなわちアンチ巨人としての歩みだった。2007年オフのラミレスとグライシンガーの移籍を転機に私は一介のヤクルトファンからアンチ巨人のヤクルトファンの1人に変わった。この頃の私は何よりも巨人が嫌いだった。そして、何よりもヤクルトが好きだった。神宮ではラミレスのスタメン発表にブーイングもした。デニングの逆転弾に咆哮し、共通テーマαに声を枯らし、バーネットの投球を神に祈りを捧げながら見守った。

ヤクルトが巨人を倒して優勝する、長年積み重ねた想いが最高潮となった2015年9月27日東京ドームでのヤクルト対巨人、優勝を賭けた天王山の一戦は一生忘れられない試合となった。(私と巨人の関係については私が大学在学中に書いたブログに詳しくあるので、そちらを参照いただきたい。拙文ではありますが本記事の前編とも言える内容となっています。http://blog.livedoor.jp/hakattanasyaa3/archives/51575615.html)

巨人ロス・失われた熱情

しかし、ヤクルトが悲願の優勝を果たした2015年以降、というよりも巨人が優勝できなくなって以降、私の中で灼熱と燃えていた、ヤクルトに、そして巨人に向いていた炎が陰りを見せてきたのだ。無論、ファンでなくなったというわけではない。毎日試合結果は確認するし、ヤクルトが勝てば嬉しい。だが、以前までのような燃えるような気持ちは湧き上がらなくなっていた。いつの間にか神宮球場にも以前ほどは通わなくなっていた。

アンチ巨人に燃えたヤクルトファンは、巨人を倒したことで満足してしまったのか?そうではない。巨人が倒すべき相手に値しなくなってしまったのだ。私が妬み、嫉み、恨み、打倒を志した、強い、強い巨人軍はこの4年間どこを探しても見つからなくなっていた。

今年、巨人は長い低迷に終止符を打ち、優勝を果たした。まだ以前のような圧倒的な強さは持っていないが、それでも強い巨人が戻ってきたと思う。同時に、4年間の歳月をかけて徐々に消えかけていた私の中の炎が、沸々と、再び、燃え上がり始めているのを感じる。

巨人優勝から始まるヤクルト物語

昨日、9月23日神宮球場で行われたヤクルト対巨人の24回戦は、よもやの逆転負けで幕を閉じた。正直に言って、勝てた試合だったと思う。それだけに悔しい。あと一歩、あと一本というところで勝ちきれなかった。今年のチームを象徴するかのような試合であった。期待を受けて出場した若手選手は奮闘したが、チームを勝利に導くことはできなかった。痛恨の野選を犯した太田、無死満塁の好機で三振、併殺に倒れた村上と中山。3三振に終わった廣岡。逆転連弾を浴びた梅野。7投手をリードするも9点を失った松本。

しかし、一塁側内野スタンドでこの試合を観戦していた私の目に映っていたのは、ヤクルトが無残に負け行く姿だけではなかった。何年後かの近い未来、神宮のグラウンドで躍動する燕戦士の姿が、そして巨人を倒し優勝を果たしたヤクルトスワローズの歓喜の輪が、はっきりと映っていた。塩見が塁上を駆け回り、奥村や太田が小技を決め、村上、中山、廣岡が神宮の夜空に大輪の花火を打ち上げる。最終回のマウンドに君臨するのは守護神の梅野。ウィニングボールを掴むのは扇の要、松本だ。

2007年巨人が5年ぶりの優勝を果たしたシーズン、ヤクルトは最下位だった。2019年巨人が5年ぶりに優勝した今期、ヤクルトは最下位に沈んだ。現時点では、これはただの偶然でしかない。しかし、これを偶然で終わらせてしまうかどうかは、これからの未来が決めることだ。私はヤクルトスワローズが運命の物語を紡いでくれることを信じている。

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