死球を責めるファンの姿

twitterを見ていると、プロ野球ファンの方のツイートが目に入ることがある。

機智やユーモアに富んだものもあれば、的外れな意見もあったりと、まさに玉石混淆。

それがSNSという場の特徴だ。

ただ、中には見ていて許せない投稿がある。

その一つが「デッドボールを当てた相手投手への罵詈雑言」だ。

自分の贔屓チームの選手が死球をもらった時、相手投手に対して過激な言葉を並べる人が後を絶たない。

そのような投稿は見ていて全くもって不快だ。

そもそも、どのような状況においても行き過ぎた発言は許されるものではないのだが、本稿では死球に対しての発言に焦点を当てていく。

実際にtwitter上で見られた行き過ぎたファンの発言

江村・前田

筆者が死球について考えるキッカケとなったのは、間違いなく2013年4月23日のヤクルトvs広島だ。

この試合、リリーフで登板したヤクルトのルーキー左腕江村投手が広島の代打前田智徳選手に死球を与えると、両軍入り乱れる乱闘騒ぎに発展してしまう。前田選手は尺骨を骨折し、この怪我が同年限りでの引退の原因の一つとなった。

当時の江村投手へのバッシングは強烈だった。

騒動から1日空いた25日の広島戦、江村投手がリリーフのマウンドに立つと、レフトスタンド広島ファンから凄まじいブーイングが巻き起こった。

球場中から起こるブーイングにライトスタンド一角からの「頑張れ江村」コールはかき消された。

顔面蒼白とも言える表情でマウンドに上がった江村投手の姿を筆者は鮮明に覚えている。

このシーズンは広島戦で江村投手がマウンドに立つたびに同様のブーイングが大なり小なり起こっていた。また、ネット掲示板でも江村選手が叩かれていたのを覚えている。

広島カープの神と言っても差し支えない名選手である前田智徳を怪我に追い込んだのだから、それだけの仕打ちは当然、なのだろうか。

こんなにもバッシングをされなければならないのだろうか。

死球を当てようと思ってプレーなんてしていない

まず何よりも私たちが認識しなくてはいけないのは、ピッチャーとバッターによる真剣勝負の結果の一つとして死球があるだけで、最初からその結果を導こうとしている訳ではない、ということだ。(10年ほど前までは死球の応酬や故意にビーンボールを投げる、というようなことも稀にあったが、近年のプロ野球において危険投球は殆ど見なくなったと思う)

もし投手が死球を恐れて手を抜いて投球したり、打者も腰を引いて打席に立ったり、となってしまったらプロ野球の魅力はなくなるだろう。お互いが限界ギリギリの力をぶつけ合う真剣勝負だからこそ、野球はスリリングでダイナミックでドラマティックなのだ。

先の江村投手も、カープで、球界で1番の代打である前田選手を打ち取ろうとして全力で立ち向かったはずだ。当ててやろう、なんて考えは一切なかっただろう。しかし、結果としてボールが抜けてしまい死球を与えることになってしまった。

投手は当てない技術を磨くべき

ただし、真剣勝負を免罪符にすべての投手を擁護するわけではない。

前田選手のように、死球によって選手生命を絶たれた打者も数多く存在する。投手の投球が相手の人生を変えてしまうことは十分にある。

だからこそ投手はインコースに投げても打者に当てない技術を磨く必要があるだろう。

技術なしに、やたらめったらな投球をする投手は極論だがプロとは呼べないと筆者は思う。

言葉のコントロール

贔屓選手が死球を貰い、負傷交代ともなれば相手投手に負の感情を抱くのはよくわかる。

だが、相手投手にどんな言葉を浴びせてもよいのだろうか。

そんなことを言って何になるのか。

選手の怪我がよくなるわけでもない。

逆に、槍玉に上げられた選手がバッシングで潰れてしまうかもしれない。

SNSという安全地帯から故意に心無い一言を浴びせることは、真剣勝負の場で死球を与えることより何倍も卑劣なことではないだろうか。

投手が投球のコントロールを磨くべきであるのと同様に、我々ファンも言葉のコントロールを磨くべきではないだろうか。

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